キラキラ☆優☆優日記 

重度の障害を持つお姉ちゃん「うちゃま」と、お姉ちゃん想いの妹「ゆなっこ」とパパ・ママの4人家族の日々記録です☆
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【限定のみ】うちゃまお誕生日の心境(9歳)

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うちゃまの歴史~2006年秋から年末まで~

うちゃまは口からご飯が食べられなかったので、鼻からチューブをしていましたが、通常の経管栄養チューブは胃までですが、胃から食道への逆流がひどかったので、胃には食べ物が残らないように、十二指腸に直接チューブをレントゲン造影をしながら入れていました。

抜けなかった場合は2~3カ月に1回、小児外科で入れ替えてもらうのですが、どうしても、お風呂や着替えなどでテープが取れたりして、抜けてしまうことが多かったので、そのたびに救急外来に駆け込んでは入れてもらっていました。

このころ、食べる訓練をするために、トロミを付けたジュースや果汁を与えていましたが、生のイチゴの汁だけをトロミを付けたものだけは口を動かして食べているように見えたので、1パックのイチゴから、ほんの少ししか取れない果汁を絞っては、種や繊維が入らないように濾してトロミをつけて与えていました。

口を動かしているうちゃまを見るのは嬉しかったです。
飲みこめているのかどうかはわかりませんでした。
でも、飲んだあと苦しそうにしたりすることもあったので、広大で嚥下の検査をしてもらうことになりました。

何度も実験ができるようにパウチにイチゴの果汁を冷凍して広大の嚥下検査を受けた時、衝撃の事実が判明しました。

私が一生懸命与えていたイチゴの果汁は、食道を通って、胃ではなく、半分以上が気管に流れ込んで、肺に入って行っていたのです。

こんなことを続けていると、うちゃまは死んでしまうと言われました。

「食べる楽しみを与えてあげたい気持ちはわかりますが、一口与えるごとに死と隣り合わせということは理解して下さい。」

一生懸命うちゃまに楽しみを与えてやろうと思えば思うほど、反対方向に進んでいきました。
この時期とてもつらかったです。
うちゃまは起きている間はほとんど苦しい表情をしていたし、十二指腸にミルクを直接注入することによって、本来なら胃で徐々に消化されるはずのものがダイレクトで腸に行ってしまうので、極端に心拍数が上がり、注入は3秒にミルク1滴ぐらいの速度で入れないと脈拍が200ぐらいになって体を反り返らせて苦しんでいました。

100mlのミルクを注入するのに、2時間以上かかっていました。
そして、その2時間が終わると、また次の注入時間になります。
汗だくで注入を終えたうちゃまを着替えさせて、落ち着かせて、また次の注入…
3時間に1回の注入は夜中も必要でした。
注入が終わったら、速やかに白湯を流してチューブの内側が汚れないようにしなければならなかったので、私は夜中もミルクが終わるころには起きて、注入が終わるのを待って、白湯を流してから寝るという毎日でした。
2時間以上続けて寝ることはなかったです。

1歳になったら、胃ろうをつくる手術をすることを決意しました。
そして、胃から食道への逆流を防ぐ逆流防止手術をしてもらうことによって、胃への栄養注入ができるようにしてもらわなければなりませんでした。

10月14日 うちゃまの誕生日の3日前、四国の家族がお見舞いに来てくれました。
入院中だったので、少し早いお誕生日をセレブレイトドレスでお祝いしてもらいました。
20061014病院での誕生日1

髪の毛が薄かったので、ヘアバンド(笑)
20061014病院にて

10月16日 誕生日の前の日に退院が決まったので、お世話になった看護師さんや先生と記念撮影をしてまわりました。
NICUの師長さんと主治医の先生と。
20061016病院での誕生日2

10月16日 そのまま私の実家でお誕生日会。
料理は母が全部準備してくれました。
20061016みんなでお祝い

10月17日 おTがお祝いに会社帰りに駆けつけてくれました。
20061017おTさん

1歳過ぎたらすぐに手術日が決まっていたのに、2度も手術の3日前になって調子を崩して入院になり、2度延期になりました。

前日入院にするから対応できないのだと、手術の1週間前から3度目は入院してなんとか体調を整えて手術を受けました。

胃ろうの手術をした夜、うちゃまは大声で泣きました。
抱っこしても何をしても泣き止まなくて、痛かったのかな~と思って、私も大泣きしてしまいました。
でも次の日からは泣かずに順調に回復していきました。

11月6日 胃ろう入院中のうちゃま。タヌキちゃんの着ぐるみです(笑)
20061106胃ろう入院中1

11月10日 眠りながらにっこりするうちゃま
起きている時は眠ることはありませんでしたが、寝入りばなににっこり笑う顔が大好きでした。
本当はこれは発作に近いもので、喜ばしい反応ではなかったのだけど、そんな笑顔でも嬉しかったな…
20061110胃ろう入院中2

11月13日 イケメンの先生たちと(笑)
中央のF先生はうちゃまの採血なども失敗したことないほど器用な先生でした。
右端の先生は小児外科のうちゃまの術後担当の先生です。
20061113胃ろう入院中3

11月22日 退院後中島ばあちゃんと四国のおばあちゃんが会いに来てくれました。
20061122四国から来訪

11月25日 うちゃまの彼氏のしゅん君と♡
しゅん君も同じ病院で同じ助産師によって、うちゃまが生まれる半年前に障害児を負わされた子です。
20061125しゅんちゃんと

12月2日 うちゃまのジャージがあまりにもかわいかったので、従姉のちゃりこにも買ってやって、二人でお揃いを着せてみました(*^_^*)
20061202ちゃりことお揃いジャージ

12月5日 備北丘陵公園のイルミネーションを見に行きました。
お気に入りの写真です
20061205庄原イルミネーション1

こんなに毛布でくるんで、あったかくして抱っこして外気にあまり触れないようにしていたのだけど…
20061205原イルミネーション2

次の日、また入院になってしまいました(>_<)

イルミネーションを見に行ったことを話すと、
「入院覚悟で行ったんでしょうね」と呆れられました…

12月24日 最初の自宅でのクリスマス
20061224クリスマス1

20061224クリスマス2

こんな風に秋から年末までを過ごしたうちゃまでした。

胃ろうの手術が終わってからは、注入がぐんと楽になり、心拍数も急激に上がることもなくなり、逆流もなくなったので、少しだけ楽なうちゃまを見ることができました。

手術をする決断はどの手術にしても親には重いものです。
こうやって1つ1つ乗り越えてなんとか前に進んで行きました。
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【限定】うちゃまの歴史~2006年秋から年末まで~

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うちゃまの歴史~帰宅後2006年夏まで~

うちゃまが3月に母子入院を終えて退院後、4月の初旬には追われるように実家の近くに賃貸を借りて生活が始まりました。

3LDKの分譲マンション用にそろえた家具を2LDKの賃貸に詰め込んでの生活で、寝室は足の踏み場が半畳ぐらいしかなかったので、人を呼ぶことはほとんどありませんでしたが、親友の息子のE君が遊びに来てくれました。

4月17日 自宅にて
4月17日8と

このころのうちゃまはママとリハビリに広島駅近くの療育センターに通い、2週間に1回のひまわり教室というクラスにも入って、障害を持つ子供とその親との交流を持っていました。

おでかけも、酸素と吸引器を持って、よくしていました。

5月2日 パパと3人で土師ダムまでドライブ
5月2日土師ダム

全身GAPコーディネイト
5月2日土師ダムうちゃまスタイル

このころはGAPにハマっていました。

5月4日 GAPで買ってきた新しい服
5月4日GAPで買い物

元あったマンションの近くにGAPの店舗があったのだけど、引っ越して遠くなってしまったので、GAPのお店に車を横付けして、走ってGAPに行ってたくさん買って急いで車に戻るという感じで買い物に出ていました。

そうしてでも、欲しくなるほどGAPが気に入っていたので、服を買うことで、またどこかにおでかけに行けるとか、「かわいいね」と言ってもらえたら嬉しいという気持ちもありました。

5月5日 家族3人でドライブ~長浜ビーチ~
5月5日長浜ビーチパパ

この写真、けっこうお気に入りだけど、モザイクしているのでわかりませんが、私の肌がボロボロで、ホントに今みたら、疲れてたのに一生懸命だったなと思います。
うちゃまに少しでもいろんなものを見せてやらなくちゃ…って焦っていた部分もあります。
このころのうちゃまは夜眠ったら消えてしまいそうなほどはかなくて、小さくて…
せっかく生まれてきたのだから、少しでも、少しでも…って焦りすぎていたのかもしれません。
5月5日長浜ビーチ母子

GAP大好きは変わらなかったのだけど、ベビーザらスで着ぐるみみたいな服をみつけて、それからは、いろんな着ぐるみ系を買いあさっていました。
5月23日 パイナップルうちゃま
5月23日パイナップルアップ

アメリカ旅行にも一緒に行った親友のおTがよく来てくれて、吸引の方法も覚えてくれて、ちょっとの間でも買い物に行かせてくれたりしていました。
ほんの30分間、近所のスーパーに行けることが私にとっての息抜きでした。

この日もおTが近場だどドライブに行って、海を見ながら話をしてくれました。

6月4日 近場の海へドライブ
6月4日坂へドライブ

四国からじいじが来てくれて、どこかうちゃまを連れて行きたいと言うので、一緒に植物公園に行きました。
ゆなっこもここにはまだ行ったことないのに、うちゃまは行ったことあるんだよね~(笑)

6月7日 広島市植物公園
6月7日植物公園

じいじと自宅で
6月7日川之江じいじ

6月末あたりから、うちゃまは入退院がはげしくなりました。
月のうち半分ぐらいが入院している感じで…

8月のお盆の四国帰省は退院後すぐに帰省して、帰省後すぐに入院だったなぁ…

8月14日 四国の実家にて
8月14日ひいばあちゃんと

ひいおばあちゃんは、この先うちゃまの障害は重いだろうと理解してくれていました。
おばあちゃんと私は文通していたのですが、いつもいつもうちゃまのことを天使だと言ってくれて、私を励ましてくれました。
おばあちゃんがいたから私はこの時期生きてこれたのかもしれないって思います。
おばあちゃんからの手紙で涙が出なかったことはないほど、いつもいつも温かく見守ってくれて…
私はおばあちゃんに何の恩返しもできなかった。
おばあちゃんが亡くなる前の数日だけおばあちゃんの看護に帰省したことがあったのだけど、たったそれだけ…
私がおばあちゃんがいてくれたから、今があるのに。
おばあちゃん、ありがとう。感謝してもしきれない思いです。

8月14日初めての帰省

帰省後また入院。
でも、入院するのには慣れていたから、もう退院した時には、次回の入院用品をスーツケースに入れて、いつでもそれだけもっていけばいいようにスタンバイしていました。

私には家が2個あるような感じでしたが、あの当時は市民病院に住んでいるような感じであんまり苦には感じていませんでした。

ただ、動かないので、ものすごい肩こりと肥満に悩まされていましたけど…
(…あ、肥満は今もだけど…(゜-゜))

こんな感じで最初の夏を終えたうちゃまでした。





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